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あ、いま、心音移入しちゃった・・・

2121で展示されている「心音移入」という作品の名前を
タイトルのように使っている方がいらっしゃるそうです。

また、心音移入に関して、以下のような、素敵な詩を書いてくださった方がいらっしゃいます。
種生芽実(たねおいめぐみ)さん という方で(ウェブで詩を発見しました)、
ウェブには詩を中心に掲載されています。
許可をいただき、ここに引用させていただきます。
自分も、世界と心が重なる感じ、平和につながるとよいなと思います。

・・・・・・・

心音移入より

こどものスタート前
こんなに小さなこどもにも、わたしのどくどくは重なる。

音ひとつで、たにんがたにんじゃなくなる。

うつるのは、わたしではないどなたか。

けれども、聞こえるわたしの心音はなぜだかそのどなたかに重なることができる。

どなたかは、どなたかであり、

わたしは、わたしである。

会ったこともない、どなたか。

音が重なったとたんに、
気持ちを知ることができたような、
どなたかのこともとおいひとではなくなる。
気持ちを理解できる、そんな気がしてくる。

心音を重ねる。

ひととわたしが重なる。

個と個であるが、同じ気持ちを抱くものであぁる事を知る。

すると、どうだろう。

分かり合えないひとなど、いないのではないかという気持ちになってくる。

1つずつくらいわかる気持ちがあるんじゃないか。

心音を重ねてみたら 平和になる気がした。
# by w_junji | 2010-08-09 18:08

いきるためのメディア 知覚・環境・社会の改編に向けて

企画自体は3年以上前からいただいていたのですが、
やっとでました。

『いきるためのメディア -知覚・環境・社会の改編に向けて 』 (春秋社 2010)

渡邊淳司 編著、田中浩也 著、藤木淳 著、
丸谷和史 著、坂倉杏介 著、ドミニク・チェン 著

以下、オビより

拡張現実、クラウド型コミュニケーション、情報を物質に変える3Dプリンタ。
日常に浸透する情報技術によって私たちの生活はどう変化するのか。
最前線の探究例から、“未来”を描き出す。


よろしければ、ぜひ、ご購入ください!

直接会える方には、著者割引でお譲りできると思います。

また、書評してやるから、サンプル送れ
という方がいらっしゃいましたら、w_junji@hotmail.com まで。

よろしくお願いいたします。

いきるためのメディア 知覚・環境・社会の改編に向けて_a0014725_17251675.jpg

# by w_junji | 2010-08-07 17:22

「告白」という映画

2004年にGas Van Santの「エレファント」を見たときの感触と似てる。

何がすごいのか、すぐにはわからないのだけど、
見たあと、救われて元気がでるのと同時に、研究をやめてもいいんじゃないかという気分になる。

「エレファント」とちがって、美しさに圧倒されることはないのだけど、
出演者の選び方とか、なんとなく背景にある人間のイメージが似ているのかもしれない。

日常と非日常と、狂気と愛と、他人事と自分ごと。
救いと絶望。エンタテインメントとシリアスさ。

相反するものが矛盾なく強く存在している。


「なぁーんてね。」



という日本語は、矛盾をうまく同居させる気がする。
どう使われているかは映画を見てのお楽しみ。

http://www.elephant-movie.com/elep_index.htm
http://kokuhaku-shimasu.jp/index.html
# by w_junji | 2010-07-29 01:58

“これも自分と認めざるをえない”展

2010年7月16日~11月3日 21_21 DESIGN SIGHT

佐藤雅彦ディレクション “これも自分と認めざるをえない”展

「心音移入」
安藤英由樹+渡邊淳司+佐藤雅彦

体験者は、聴診器を自分の胸にあて、
ヘッドフォンを通じて自分の心音を聞きます。
そのとき、目の前には、緊張している人の映像が流れます。
(たとえば、運動会スタート前でドキドキしている子供)

自分の心音を聞きながら映像を見ているうちに、
その音が自分の心音なのか、映像の中の人の心のどきどきなのか
わからなくなってくる。

心音が感情移入をする架け橋になる。
だから、心音移入という作品名。

心臓はワタシにとって、とっても大事なものだけど、
そこから聞こえる音、心音を聞いても、
自分のものであるのか他人のものであるのか区別することは難しい。

自分にとって大事なものなのに他人との区別がつかない。

だけど、自分という個人を成立させる大事なものがオリジナルでなかったとしても、
それに何の問題があるだろうか。

むしろ、大事なものを共有しているからこそ、
ワタシは、他人の緊張感だったり、心の動きを想像をすることができる。
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# by w_junji | 2010-07-17 16:10

ちょっとした希望

疑問符から広がり始める世界がある。

誰もが”終わり”と感じていることに、実は”続き”があった。

誰もが”複雑”だと思っていたことは、実は”単純”であった。

誰もが”同じ”だと思っていたことは、実は”異なる”ものであった。

誰もが見落としてしまう”小さな”ことに、実は”全て”が込められていた。

誰もが”そのまま”解釈してしまうことの背後に、”メタファ”があった。


むかしは、才能を持った他者に出会うと、ため息が出て、少し落ち込むこともあったけど、
今は、ずっとその人の成長や変化を見続けていきたいという気持ちが先に出るし、
何か自分もその力になれたらと思う。


自分は自分のできることをやり続けることしかできないし、
あと、今、自分がやっていること、今の私を支えているものを誰かに伝えることで、
誰かの何かが少しでも変わるのなら良いと思う。

それしか、私には誰かの役に立つ方法がないし、
それができると信じてる。確信より、もっと強く。
# by w_junji | 2010-06-06 03:50