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お絵かき@ザルツブルグ

ザルツブルグの公園で書いた絵です。
花畑と子供を連れた母親です。
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by w_junji | 2004-09-13 17:39

日本語が通じる違和感

当たり前なんですが、
日本語が通じることと意思の疎通ができることはまったく別次元の話。
何ができて何ができないのかをきちんと意識することは重要だと思う。

日本語が通じるということは、
同じ暗号の作成器と解読器を持っているというだけのことで、
それを通じて何かの意味や気持ちを伝えることができるということは意味していない。

ある2人がメールのやり取りをできたとしても、
2人ともPhotoshopを持ってないと、
一人が作ったPhotoshopのファイルをもう一人が見ることができないように、
記号のやり取りができても、そこから意味を読み取るソフトウェアが共通でないと
そこにコミュニケーションは成り立たない。

なまじ、日本語が通じていると、
伝わっているという錯覚、甘え、が心のどこかに生まれてしまう。
お互い日本人であれば、文化的に共通のバックグラウンドはあるかもしれないけれど、
感情のような、より個人的なことを伝えようと思ったら
伝えなければならないことは思ったよりたくさんある。
だったら、言葉すら通じない外国人と
お互いわからないことを前提に話をしたほうが割り切れてよい気すらする。

日本語が通じるということが、
逆に、どこかで、コミュニケーションに対する危機感を忘れさせてしまうのでは?

価値観とかぜんぜん違うのに、
同じ言語を使用しているだけでコミュニケーションしている気になってしまう。
そのちぐはぐさが違和感を生んでいるのかも。
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by w_junji | 2004-09-13 02:34 | 自己紹介の代わり

明日のための一休み

今しかないの

今しかないこと、人との一瞬一瞬を大切にするには集中力も体力もいる。
無茶をして人と会っても、相手を傷つけるだけ。
休むことも時には大切。

科学と違って人の心に再現性はないから。
いくら条件を同じにしても、2度と同じ瞬間は訪れない。
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by w_junji | 2004-09-12 03:46

普段なんとなく感じている違和感だったり、気持ち悪さ

HotwiredにArsElectronicaの記事がありました。
http://hotwired.goo.ne.jp/news/news/culture/story/20040909206.html

皆さん、受け取り方は様々なのね。
と思いながら記事を読みました。

作品とか講演とかってそれ自体ももちろん重要なのですが、
それに接することによって、
自分の中に潜んでいる感情、思いに気づくことができるというのが、
もっと重要な気がします。

普段なんとなく感じている違和感だったり、気持ち悪さが
他人が作った素晴らしい作品に触れることによって意識の中に明確に現れてくる。
それをどうにか言葉だったり絵だったり、何らかの形を与え意識化することによって、
自分の心と向き合うことができる。
そして、
素晴らしい作品ほど、自分の中の本質を浮き彫りにしてくれる。
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by w_junji | 2004-09-12 03:34

成仏しました。

Linzにいるある日。
ArsElectronicaの会場でメールを見ようと思いました。
なぜか、心臓がドキドキします。
なんとなく、予感があったのですがやはり来てました。
“Vision Research Final Decision”
一応、この1年半くらいずっとやってきたことの成果を海外の論文誌に投稿した結果です。

ちなみに、自分のいる業界では
論文誌と学会発表というのは研究成果として明確に区別されます。
論文誌は口頭発表とかをするのではなく、
研究成果を論文の形で投稿し、審査に通るとその論文誌に掲載されます。
例えば、NatureとかScienceという雑誌は有名です。
一方、学会発表はどこかに多くの研究者が集まってその前で発表をします。
(自分がよく、学会に行ってきましたというのはこっちです。)
プレゼンテーション形式だったり、ポスター発表形式など発表形式は様々です。
学会でも資料として学会発表論文集をつくり、そこに、論文が載ります。
ただし、学会によって審査があったり、なかったり、
ページ数が多かったり少なかったりします。
そのため、有名な一部の学会を除けば、一般的に、
論文誌に載ることが研究成果の指標として考えられています。
例えば、「あの人は海外の論文を5本持っている」なんて感じで。
(また、英語では論文誌をJournalやTransaction、
 学会発表論文集をProceedingsと明確に区別しています。)

そんなわけで、
虫の知らせかわかりませんが、かなり重要なお知らせが来てました。
結果は、幸いなことに掲載が決まり、非常にうれしかったとともに、
なんだか、ふと、肩の力が抜けてため息が出ました。
一年半ずっと、頭のどこかにこびりついていた、
論文を出さなきゃ、出さなきゃ、という思いや
そのテーマに対する怨念のようなものがやっと成仏した感じで力が抜けました。

論文とかって科学者のそのテーマに対する怨念に近い思い入れの結果であり、
なんか、論文誌ってその怨念の慰霊碑みたいな気がしてきました。
ナンマイダ。
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by w_junji | 2004-09-11 19:37

世界にはまだまだ楽しいことはたくさんある。

今回旅行して、思ったこと。
何よりも、
「世界にはまだまだ楽しいことはたくさんある。」
そして、
その世界を味わいつくしたい、そして、その素晴らしさをみんなに伝えたい。

BudapestのPARADE、 LinzのArs Electronica、
Amsterdamの朝靄の中の町並み、Salzburgの城塞跡から見た空。
どれも素敵。

BudapestのPARADEでは、
イベント自体の意味というよりは、
あの、数万人集まって踊りまくる状況、
そして、その中でハンガリー人のシャイだけど親しみのある国民性に触れられたことが
何より楽しく、うれしかった。

LinzのArs Electronica。
そこには、
自分自身、人類、世界の未来に対する自分なりの思いを
作品として、言葉として世界に発信する人々がいる。
自分、世界を切実に思い、発信している人々の存在を実感できたことが何よりの刺激。
世界には自分の思いもよらないことを考えている人がいるし、
自分の思いはもっともっと世界に伝えなければならない。

朝6時前に歩いた、Amsterdamの朝靄の中のグレーがかった町並みは
Amsterdamの夜の喧騒、マリファナの混じった空気が
朝靄で浄化された感じがして、荘厳な雰囲気すら漂っていました。

Salzburgの城塞跡から見た空は
山というか、岩というか、見たことのない存在感と青い澄み切った空が印象的でした。


世界にはまだまだ楽しいことはたくさんある。
そこに人がいる限り。
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by w_junji | 2004-09-11 19:00

I’m glad to see you !

「あなたにお会いできてよかったです。」

ヨーロッパに行っている間、何度もこの言葉を口にしました。
旅先での新たな出会いに、その人のやさしさに感謝し、
I’m glad to see you !

日本では感情を表すのにあわせて、
その理由を示すということを意識することはあまりありませんでした。

「ぼく、楽しい。」
「私も!」

日本語だとこんな会話でもなんとなくいいのですが、
英語で
I’m glad.
と言っても to 以下が無いと、Why? So what?
と当然のように聞かれます。
このような場合、無意識的に生じた感情に対して、
どうしてそう思うのか?具体的に何がその感情を引き起こしたのか?
無意識下にある感情の理由にアクセスする必要があります。
英語って自然に、自分の心を省みて、人に伝えやすくする機構があるんだな。
なんて思ってしまいました。

自分が感情を示すことが下手なことを
日本語のせいにする気はまったくもってありませんが、
I’m glad to ...
to以下を示す必要に迫られ、いろいろ考えている自分を思うと、
その言語としての差異みたいなものもあるような気もします。
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by w_junji | 2004-09-11 18:28

帰りました!

約3週間。
各地ではいろんな人と会い、いっしょに行動しましたが、
こんな長い期間、一人旅するのは初めてでした。
いろんなことを体験し、思い、考えたような気がします。
この体験が自分の中で解釈され、行動としてでてくるまでは
時間がかかるかもしれませんが。。。
何はともあれ、苦しくも楽しい旅でした。
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by w_junji | 2004-09-11 15:32

Ars Electronica

I am in Linz Austria now.

Ars Electronica festival is held during 2-7 Sep.
Media arts are mainly exhibited in the festival.
(see http://www.aec.at/en/index.asp)

I am scinetist, and also interested in Arts.
I have been working with artists and
I have seen many terrible media arts in Japan.

But, here I felt that technology can impress us with artistic expression.
Technology and science take an aim for reproductivity of phenomena. On the other hand, art deals with transient and more personal experiences. Technology can impact our emotions in other ways than in traditional fine arts, connecting with some kind of expressions.
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by w_junji | 2004-09-03 23:46

Thirsty?

Now I am in Amsterdam.
Just 3 days stay, but I like this mixed atmosphere in Amsterdam.

I can not believe in what I have been believing...
My antenna for special persons and sepcial occasions was broken.
My mind and body do not react to such situations.
(I recognized it in this trip.)
About 2 years ago, I was always thirsty for persons who give me inspirations and occasions where I can change myself.
But, satisfaction with current modest situation may make me forget such thirst. I pretended to realize my identity.
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by w_junji | 2004-09-01 19:30