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言語表現法講義

最近、読んでいる本に、こんな美の定義がありました。

「美とは、客観的に基準が存在するわけではないが、
 一人一人、誰もがそう感じるはずだ、という 他者に開かれた確信」である。

 『言語表現法講義』(加藤典洋 著)

自分が美しく感じ、他人もそう感じるはずだというものを、自分の最善を尽くして、提示すること。

自分の確信を鍛えることと、それに沿うようにうまく伝えること。
の両方が必要とされる。

だけど、多分、人にモノを見せるとき、
自分が見せたいと思っている感情は、殆ど入れないくらいがちょうどいい。

人がモノを考え、つくる限り、自分というものは否が応でも入り込むので、
自分というフィルタを通るだけで、十分、自分のにおいがする。
それ以上、自分の混入したものは、自分臭すぎる。

モノを見せるときに、その繊細さ、気遣いある大胆さ、は必要だけど、自我なんて殆どいらない。
むしろ、それ自体に、自我がないからこそ、見てる側は入り込める。
見る側の、「依りシロ」として、モノが存在する。

自分の好きなダンサーや、シンガーは、ほとんど、巫女のようで、
彼女たちの身体は、見てる側の感情の依りシロとなる。

そのとき、自分の思いや血肉が彼女たちに流れ込むような無防備さ、ある種の快感がある。
なんだか、自分がここに生きている意味すら、どうでも良いと思ってしまう。

自分はひとりじゃない。
というか、ひとりひとりと分けて考え、
自分を認めてもらおうと、自我を出すことの滑稽さにあせる。
そこにあるのは、ただ、他者の依りシロたる自分。受け入れあうだけ。

「自分が、自分が」と言い合うまえに、
ただ、与えられた時間のうちに、今できることをやり続けるしかないと思うのです。



すこし、お知らせ。
以下、3月までの展示です。

10月6日(2009年)~3月1日(2010年)
日本科学未来館 3Fメディアラボ 「感覚回路採集図鑑」
安藤英由樹 // 渡邊淳司

2月2日~3月22日
東京都現代美術館 サイバーアーツジャパン─アルスエレクトロニカの30年
「blink to see __」 渡邊淳司+田畑哲稔+安藤英由樹
by w_junji | 2010-02-15 01:04


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