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MOON

以下、曽田正人 『MOON』7巻より
( 『MOON』は宮本昴というダンサーを主人公としたバレエのダンスマンガ)

「すごい技を使って技ではない何かを伝える。そういう世界でわたしは生きたいのです。」

「わたしの一生は、バレエの真理をつかむためにある。」

「存在感(エネルギー)など無い。ただ、あるがまま、”美しいだけ”のもの。」


サラっとマンガの中で出てくる台詞なのに、とっても心をつかまれる。
「技」を「研究」にして、「バレエ」を「人間・世界」に変えたら。


「すごい研究をして研究ではない何かを伝える。そういう世界でわたしは生きたいのです。」

「わたしの一生は、人間・世界の真理をつかむためにある。」

「存在感など無い。ただ、あるがまま、”世界の理”だけ。」


このマンガ、もともと『昴』というタイトルだったのに、休載後『MOON』に変更されました。

太陽のように外へ外へ自分を表現することは,
結局のところ、人の心を動かすことにはつながらないように思う。

むしろ、ただただ、月のようにそこにあるだけ。

私たちは月を見るとき、太陽の光を見ているのか、それとも月を見ているのか。

もし、真理という見えない光があるのならば、
それは何かを映すことでのみ感じることができる。

もし人間や世界に真理というものがあるのなら、
芸術家や研究者はその光を映し出す月となることが仕事のような気がします。
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by w_junji | 2010-12-29 02:37

北風と太陽

最近、趣味が変わったのかもしれません。
考える対象が言葉とか、感情移入についてになりました。

言葉のはじまりって、どんなだったのでしょう。
言語学者ではないので正確なことはいえませんが、妄想してみると。

音を聴いたら身体が動いてしまう。
そのやりとりが、言葉のはじまり。

自分が喜んで「ウホ!」って叫んだら、
何となく周りに居た人がそれを模倣したくなる。
「ウホ!」「ウホ!」って。
同じような身体の構造や生活様式を持っていたら、
多分、自分の喜びの叫びは、周りの人にも喜びの音になって、
そうすることで、ある範囲で喜びが伝播する。
そんなこんなで、同じ音に反応する人たちの間で
「ウホ!」のバリエーションが増えて言葉化したかもしれない。

一方で、敵を見つけて「キー!」と叫ぶ、
「キー!」は嫌な音だから、その敵は逃げる。
これが通じるのも言葉のはじまりかもしれない。

味方をつくるためか、敵を自分の意思どおりに動かすか。
真似をするか、違うことをするか、
どちらにしろ、音を聴いたら身体が動いてしまうことがはじまり。

では、ここでもう少し考えてみると、
音を聴くときに、おそらく声を出す人は聴く人の見える範囲にいる。
そうならば、見たものと聴いたものを同時に模倣する。
ある人は両手を挙げて「ウホ!」という。
周りのみなも同じように、手を挙げて「ウホ!」というと、
最初に「ウホ!」を叫んだ人の気分が分かってくる。
一人が下を向き「ウォーン」と叫んで、
周りも真似をすると、なんとなく悲しい気分が伝播する。
それって、既に身体の模倣による感情移入。

そういうのって、身の回りになかっただろうか。
映画とか小説は、身体的なものというより、
もう少し、物語や身体的想像力の問題のような気がする。

プロレスとかはそれに近いのかも。
身体を全く一緒に動かすわけではないが、
身体や声から、リングの上の人に感情移入してしまう。

多分、それ以外にも心動かされる要素、
例えば、見る人の予想を裏切るストーリー的な快感などいろいろあると思いますが、
何か関係はあるかもしれない。
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by w_junji | 2010-12-09 00:09