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冷蔵庫に電源をいれるところから

最近、忙しくていろんなものが機能不全でした。
冷蔵庫も電源を抜き、ご飯を作ることもなく。
身体もうまく機能しているとは言い難く。
精神も他人と関わる余裕がなく。

まずは、冷蔵庫に電源を入れ、自分の身体を作り直すところから。
料理の本を買ってみました。
一人の人間として、やるべきことは多く、眩暈がするほどです。

自分がまともに生きていること。
人と関わりを持ち続けること。
自分と対話し、人と交感する方法を持つこと。

身近な人にこそ感謝を。
チャリティは家の中からです。
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by w_junji | 2006-09-28 02:30

シアワセのための物語作り

今ロンドンです。
なんだか、自分がいつもより笑っている気がします。

先日、ロンドン大学のエライ先生と打ち合わせをしてきました。
その日はあいにくの雨でした。

予定の時間より少し早く着いて、オフィスの待合室で待っていると、
背の高い英国紳士が、ずぶ濡れになってやってきました
「モーニン。ジュンジ。自転車で来たらひどく濡れてしまったよ。ガッハハ。」

ガッハハ。ってちょっと下品な笑いですよ先生。
とか思いながらも、
「ハハハ。そうですね先生。早く着替えてくださいよ。」

なんてやりとりがありました。

そのとき自分は、笑いながら
そっかぁ。先生は「ギャー雨だぁ」とか思いながら
自転車を飛ばしてきてくれたんだなぁ。とか勝手に想像してしまいました。

日本だったら、深刻に「天気が悪くてねぇ」なんて話をまじめにしてたかもしれませんが、
こっちだったら、「ガッハハ。」ですよ。

ここにいると、なんだかちょっとしたことにも物語があるんですよ。


全てのことに、ちょっとした遊びというか、
深刻さとの間に一歩引いて、それを受け止める余裕があるような気がします。


人とのかかわりって物語。
ちょっと引いて何でも楽しんじゃう、あえて物語をつくるという意味では、
少し演じているのかもしれません。

でも、その演じ方は、すごく即興的。
相手の言葉にあわせたユーモア、即座に反応する瞬発力
相手を感じる洞察力、感情を交感する表現力。
それらがないとできません。

多分、ぼくら日本人はもう少し演じてもよいのだと思います。
生活にちょっとした物語を生み出す、ちょっとしたアクション。

そして、演じていることをわかった上で、いろいろ楽しんじゃう。
その物語の中での自分を楽しむうちに
だんだん、冷静に見ている自分が消えてしまうかもしれない。

でも、それはそれでよくって、
演じているときしか起きない狂気もあるわけだし(恋愛とか?)、
その瞬間の一体感、自我の消滅、知らない自分との出会いはすばらしいこと。

例えば、自分が講演しているときにしゃべっていることなんて、
普段考えたこともないことが理路整然とでてきたりするもので、
演じている中からでてくる予期しない物語は新たな気付きを与えてくれます。


物語は豊かな生活、シアワセのために必要なもの。
そのための、しなやかさ、洞察力、行動力を日々磨くこと。
そして、物語のなかで演じている自分と、それを見ている観客としての自分を
行ったりたり来たりする体力、精神的強度を持つこと。
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by w_junji | 2006-09-23 18:38 | 自己紹介の代わり

月は自分で光らない

人間には
誰かに照らされて光り輝く月のような人と
平和な豊かさを持った太陽のような人がいる気がします。

どちらかというと、
自分は他者がいないと生きていけない、月なのだろうと思います。

自分のやっていることが、
どこかで誰かの(もしくはそこにいるあなたの)シアワセにつながること。
自分の思いを伝え・共有し、それが誰かの魂の肥やしになること。
自分はそういうことを心から望んでいるつもりです。

でも、一人で無人島に行ったら、餓死してしまうかも。

サバイバルの知識がないとか料理ができないという問題じゃなくて、
他者に支えられ、他者を喜ばせることで自分を保持してきた人は
他者のいない世界にいったら何もしなくなります。
寂しいとか感情的な問題というより、もう少し根源的なことかも。

誰もいなくても詩を作り続ける人もいれば、
誰かに聞いてもらえるから詩を作る人もいます。

つまり、誰もいなくても自分を大事にできる人もいれば、
他者がいなければ自分を大事にできない人もいます。
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by w_junji | 2006-09-15 01:37

そこなのです。

○そこ1:あなたのシアワセは何なのさ?

なんかいろいろ複雑に見えるけど、
結局は、それだけのことなのだと思う。

あなたにとって、何が大事で、何がなくなると生きていけなくなるのか?
自分にとってあなたは何で、あなたにとって自分は何なのか?

大事なことってシンプルでストレート。
「ほんとにこれがいいと思っているの?」と誰に聞かれても
迷いなく進んでいける。
それだけ、直感的だし、よく考えたこと。

ぼくにとって人の存在感というのは、
その人が何が好きで、何を大事にしているのか?
その思いの質量だったり、エッジさが大きい。

何をやっているか?ではなく、
どう思っているか?どういう関係を歩んできたか。
他人や世界とのインタフェースは物語でしかないし、
その物語の向こうにあるメッセージがすべて。


○そこ2:向こうの世界のリアリティ

日本にいると、なんだか世界と自分の生活が切り離されたように感じます。
ロンドンにいたときには、社会の中で起こることは
どこか、自分の生活とつながっている気がしていました。
実際、自分の命と関係することもあったのですが、
目の前のテレビのニュースでさえ、常に自分と関係付けられていた気がします。

日本にいると、なぜか、
日本の社会というどこか他の国の出来事を見たり聞いたりしている気がします。
どうしてこうも世界に対する切実さがなくなってしまうのでしょうか?
どうしてこうも世界で起こっていることに対する感度が下がるのか?


話はそれるかもしれませんが、
昔(たとえば、平安時代)の人の生活にはいろんなものがリアルに存在していた気がします。
今って、物理的にあるものにしかリアリティを感じない。
なんて貧しい。
昔の人は怨霊だって、妖精だって本気で怖がっていた。
物理的にいるから怖くて、物理的にいないから怖くないってなんなのでしょう。
物理的存在の有無じゃなくて、それを感じられるかどうかだと思うのです。

物理的には目の前でそのことはおきていないかもしれない。
でも、向こうにあることをどれだけリアルに感じられるか?
そして、そこで自分が何ができるか。
切実さと想像力の問題。

たまたま、昔の公家の日記について知る機会がありました。
見えない世界に対しても、生々しく、ざらついた毎日を送っていたのがわかります。

そういう想像力って、おそらく、
今、ぼくらが海の向こうで起こっている悲しいことややるせないことを
想像する力にもつながるのだと思うし、
なんだか日本にいるとその力が弱まっていく感じがするのが寂しい。

ほんとは、もっと自然な力のはずなのに。
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by w_junji | 2006-09-14 22:42 | 自己紹介の代わり

展示@未来館のお知らせ

今週末(16,17日)にお台場の科学未来館で
体験型エンタテインメント・アート技術の展示があります。
(自分も展示を行います。)
よろしかったらいらしてくださいませ~。
無料です。

http://interactivetokyo.jp/2006/
http://interactivetokyo.jp/2006/exhibit.php
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by w_junji | 2006-09-13 00:33