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John Cage 4'33

寝る前にJohn Cage 4'33を見る。(4'33何も音を鳴らさないという演奏(?)。)
フルオーケストラの4'33。
何十人ものフルオーケストラを集めて、千人近くの観客を集めて、何も演奏しない。

静寂という音楽。暗闇の映像。触われない触覚。
ないものはなによりもそこにある。

例えるなら、何かにゆっくり触られる直前の鳥肌のたつ感じ。

そんな存在感。
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by w_junji | 2006-05-25 03:59

第3のモクモク

京都で学会があって、ユング派の心理学者や宗教学の先生、
セラピスト、宮司さんなどとお話する機会がありました。
(その影響か、今回の記事は少し怪しげです。)

ところで、ヘンなものが見えたり、
精神状態がおかしくなったりするのは、自分だけのせいなのでしょうか。

世界を見てる自分には魂がある。
だから、世界がヘンに見えるのは自分のせい。

当たり前のように聞こえますが、でもそれって、じつは傲慢な考え方なのかも。
人間にしか魂はないと思っているから、感じているものはすべて自分のもののように思う。

でも、例えば、会話には魂があると思いますか?
誰かと話していて、話していくで、「あれ?ぼくってこんなこと考えてたんだ!」って
会話の連なりから自分の心の奥が引き出されたことはありませんか。

自分も相手も魂がある。
もしくは、何かを入・出力するひとつのシステムと言ってもいいのかもしれません。
自分も相手もそれぞれ別のシステム。
そして、その2つシステムの間で交わされる会話は、その2つとは別の第3のシステムです。

自分も相手もそれぞれの都合、考え方で発言していますが、
そこで交わされる会話にはひとつのコンテクスト、文脈、リズムがあって、
2人からの発言を制限するとともに、それぞれが考えていた以上の発言を引き出します。
2つのシステムが新しいシステムを生み出し、
その第3のシステムが、元のシステムに影響を与える。

自分や相手だけじゃなく、会話にも魂があって、会話自体と対話することで、
自分を変容させることができる。
そういう意味では、会話にも魂があると思います。

さらにいうと、モノや夢、言葉にも。

例えば、絵を描くのでも、自分が世界を写し取っているのでなく、
自分と世界が対話する中で、絵という新しいシステムを生み出している。
世界と対話しながら、絵は描かれ、
描く過程自体が、自分の描き方を規定し(ここをこう描いたら、次はこう描こうと思うこと等)
そして、規定するだけじゃなく、自分の心の奥を変容させて、
具体的な形として心の外に導き出す。

夢もそう。
自分と世界との対話を、映像として物語った新しいシステムが夢。
そして、夢と向き合う中で自分を変容させていこうとするのが、
ユング派の心理療法のひとつだそうです。(自分の解釈だと)

言葉も。
名前なんてその際たるもの。
名前をつける中で、作者が名前をつける対象についてあれこれ考え、
思いを込めるその過程自体が名前の魂。
そして、そういう名前は、その名前を呼んだ人の心に何かを喚起する力を持っている。
言霊。

2つ魂の間にモクモクって出てくる第3の魂。
その第3の魂の力を、もう少し信じてみるのもありかもと思う。
というか、昔の人は自然にやっていたことなのに。
なぜ、忘れてしまったのだろう。

いまさら昔には戻れないけど、そういう第3の魂を
今風のやり方で、目の前に現すことはできるのかもしれない。
科学という方法で魂を受肉させるシャーマンがいてもいいのかも。
(オカルトの研究をするという意味ではなく、人間以外のシステム・魂の意味や、
人間が絶対と思っていることの曖昧さをを考えさせるような研究ということ)
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by w_junji | 2006-05-23 01:06 | 自己紹介の代わり