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我が家にやってきた

我が家というか、自分のワンルーム。
なんというか、物のない部屋でした。
冷蔵庫も、夜うるさいから、電源を切り、テレビもなく、ゲームもない。
そんな我が家に、最近、物がちょっと増えつつある。
プロジェクタと茶道具一式。

プロジェクタは、夜ぼーっとしながら映画を垂れ流すために持ってきました。
部屋の壁にロスト・イン・トランスレーションを音なしで流しながら、ボーっと天井をみる。
(壁は白くてスクリーン代わり!)
ふと、壁に目をやると、
ビル・マーレイが「こころやすらぐひととき、サントリータイム」と
グラスをこっちに差し出してポーズ決めてて、ひとりで笑ってしまった。

茶道具をお気に入りの白い絨毯の上に広げてみたら、
あら、すてき。
白い絨毯の上で茶を点てるというのは、それはそれで、
雪の上での茶会のようで、なんとも。
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by w_junji | 2006-03-30 03:23

フリーペーパー

CDジャケットサイズの子供向けフリーペーパーを作ってみたいと思いました。

数年前は、そんなことを思う人間じゃなかったです。
自分の研究とか自分の方向性探しで手一杯で、
自分のことしか見えてなくて、フリーペーパーなんて思いもよりませんでした。
「読む人少ないんでしょ。そんなマイナーなことしてどうすんの?」
とか、思ってました。(失礼ですね。ゴメンナサイ。)

「世の中に自分の何かを伝えたい」とか、
「それを通じてみんなの生活が少しでも豊かになったら」
ということについて、実際どうやったらよいのだろう?と考えてたとき
後藤繁雄さんの話を聞いたり、その周りの友達のやってることを見たりして、
自分自身が楽しみつつも、
来た人が、自分の楽しんでる何かを少しでも持って帰れる仕組みができないかな
と思い始めました。

本とか論文って、一応、論理的に書かれているので、頭で理解するのに役立ちます。
一方、展示だったり、ワークショップは体験的に、身体で感じることができます。
ただし、イベントで得た記憶は強烈ですが一時的で、だんだん消えてゆく。
でも、でも、その体験をそのときだけじゃなくて、家まで持って帰って欲しい。
ずっと、その体験を心のどこかに置いておいて欲しいと思うのです。

・本とか精神的なもの。
・イベントのような体験的なもの
それに加えて、
「体験を継続的に呼び起こしてくれるシステム」がいるのかも。

そのシステムとして、ウェブを使ったり、イベントを継続的にやったり、持ち帰るものを作ったり
いろいろ方法があると思います。
今回思った、「イベント体験時にフリーペーパーのような簡単な読み物を配る」
のもひとつの方法です。
記憶は物に宿る。
そのときの体験をフリーペーパーと一緒に持ち帰ってもらって
机の片隅に置いてもらったらいいな。

なんでCDジャケットサイズかというと、
子供が机の上において、邪魔にならないサイズで
CDを聞いて、歌詞カードを広げるように、
小難しい美術展を見た後とか、ちょっと退屈な理科の授業を聴いたあとに、
ふと、広げて眺めて欲しい。そして、思い出して欲しい。
その向こうには自分が感動した世界があることを。
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by w_junji | 2006-03-20 02:22

「こっちの世界は楽しいわよ~」

とある人の台詞ですが、なんだかこの言葉は、
ずっとぼくの心に引っかかっていて、頭に浮かんでは消えしていました。

この言葉の印象を一言で言うと、「心地よく開いた満足感。」
自分の楽しみを追求するだけじゃなくて、
「あなたのいるところはホントに楽しいの?」と問いかけたり
「はやく、こっちにおいでよ!」って誘ったりしていて、やさしさがある。

さて、台詞の「こっちの世界」とはどこのことで?
「心地よく開いた満足感」や、そのやさしさはどうやって生まれるのでしょう?

まず、自分が満たされないと人にはやさしくなれません。
人を解放したいと思うのなら、まず自分を解放しないと。

自分のやりたいことを探して悩んでるときには他人のことなんて考えられない。
でも、本当にやりたいことなんてどこにあるのか、青い鳥のようなもの。
自分探しの旅に出て気付くのは、結局自分は空っぽだということ。
どうしようもない自分と向き合って、そこから自分が何ができるか考えてみようと思った。

でも、誰かのため、社会のために何かがしたいと考えても、
それがやりたいことでないと、自分が面白いと思えることじゃないと、
いつのまにか、それはやらなければいけないお仕事になってしまう。
結局、どうどうめぐりなのか。

それでは、「やりたいこと」という、どこかにあらかじめ想定されたものでなく、
実存している自分の感情だったり、自分の感情を揺さぶる何かを追いかけてみよう。
自分の胸にグッとくるものを自分なりに追い求め、それを周りの人に伝える。

自分のやりたいことという曖昧な基準、
社会での価値という外部の基準に身を委ねるのでなく
何者でない自分を認め、湧き上がる感情を正直に受け止め、自分を解放する。
そして、一緒に周りも巻き込んで楽しもうとする。
自分が楽しめば、周りの人も楽しんでくれるし、
周りの人がその場を楽しもうとしていると、今度はこちらが元気をもらえる。
そのうち、自分の満足と自分の役割のバランスが取れてくる。
そんな状態が、「こっちの世界」なのでしょうか。
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by w_junji | 2006-03-18 02:15 | 自己紹介の代わり