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公共広告機構です。

命は大切だ。命を大切に。

そんなこと、何千何万回言われるより、

「あなたが大切だ」

誰かがそう言ってくれたら、

それだけで生きていける。

(命の大切さ・コミュニケーションを通して 公共広告機構のCMより)

駅を歩いてたら、このキャッチフレーズが気になりました。
その通りだな。と思いながらも、
これがキャッチフレーズになってしまう状況になんだか複雑な気分です。

こういうことにハッとさせられる自分は、
社会的なメッセージを個人の生活や行動に翻訳する能力が足りない気がします。

例えば、タバコはよくないと頭では思っていても、
タバコ会社の協賛の入ったイベントにヘコヘコ出かけて行く自分。
イベントの趣旨や協賛とかまでアンテナが伸びていなかったり、
楽しそうだからいいやととりあえず出かけてしまう。

海外のほうが、メッセージ性の強いイベントが多いのは
それを受け取る側の土壌ができているからかも。
自分を含め、日本人って
情報のアンテナと身体・生活を結びつける想像力が足りないのだと思う。
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by w_junji | 2006-01-30 03:13

英単語のお勉強

「Perceptiveness」

【名】 知覚力、洞察力、直感的な鋭敏さ
その場の状況や他人の気持ちに対する「洞察力」をいう。
この点で sensibility の類義語といえるが、sensibility が直感に焦点を合わせるのに対し、perceptiveness は視覚や触覚など身体的な知覚力を指すことが多い。

最近自分が思ってることに近いなぁ。
そんな単語、英語にもあるんだ。

頭で考えられることなんてわずか。
身体の中にいる、意識に上らない自分のほうがたくさんのことを感じ、考えている。
彼の思いを引き出すために、
心のどこかで生まれる予感、引っ掛かりを大切にする。
そして、そのぼやっとした思いに、適切な言葉で輪郭を与えてやる。

誰かと話しているときも一緒で、
相手の言葉を頭で理解しようとするだけじゃなくて、身体で感じようとする。
そうすると、いろんなものが伝わってくる。

豊かな生活は豊かなPerceptivenessに支えられていると思う。
理解じゃなくて実感のある生活をしたい。
身体で感じ、頭の端で考え、思いをめぐらせる。身体から漏れ出すくらい。

Brain Slip Sketchと勝手に名前をつけているちょっとした遊び。
なんとなしに風景が眼に留まったとき、
どんな絵になるかわからないけど、とりあえずペンを走らせる。
写し取るんじゃなくて、印象に輪郭を与える感じ。
(これは、丸っぽいとか、暖かいとか、エネルギーを感じるとか。)
いちばん印象に残ったところから描いていって、
全体の構図なんて考えずにどんどんペンを滑らせる。
頭の端の意識と無意識のはざまでペンを動かす。
最終的にどんな絵になるかわからないドキドキ感がたまらない、
無意識な自分とのコラボレーション。

結果として、そのとき感じていたものや、そのときの自分の状態が絵となって出てきます。
絵は正直なので、「ああ、今の自分ダメダメかも。」とかすぐわかります。
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by w_junji | 2006-01-27 02:41 | 自己紹介の代わり

ぼくの言っていることに一貫性を求めないでください

寒いーとかぶつくさ言いながら、
ハーっと吐いた息が白く、キラキラ光っていて、
なんてきれいなんだろうと、見とれてしまった自分。
自分の中からこんなにきれいなものが出てくるなんて感動~。

自分の中から出てくるものにビックリさせられることが多い、今日この頃。
人と話しているうちに、頭の隅っこのほうに引っかかっているだけのことを
えらそうに話し始めて、「何を言っているんだ自分は?」と思いながら続けると、
結局、「ああ、ぼくはこういうことに引っかかっていたんだ。」
ということが明らかになって自分で驚く。
いろいろ、論理的にあーだこーだ文句をいうけれど、
ぼくは結局あの人に嫉妬しているだけなんだ。とか。

意味とか論理って、実感や確信が伴っていないと非常に薄っぺらい。
これにはこんな価値がありますとか、いろいろ論理武装しても、
その人が本気でそう思っていなければ、そう心から信じていなければ、
「んーん。それがすきだから。」の一言に勝てない。
自分が感じていることを意識化するのは難しいかもしれないけど、
丁寧に言葉にして心の外にだしてやれば、見えてくると思う。
結局、それを本気で知りたいか、本気でそう思っているかの問題。
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by w_junji | 2006-01-04 04:53