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針の抜けたハリネズミ。

ぼくに関わりのあった皆様、今年一年、本当にありがとうございました!

年末のご挨拶と今年一年の備忘録。

今年は、ほんとに多くの時間を海外・国内の様々なところで過ごしました。
この一年で訪れたところ:
フィレンツェ、ピサ(イタリア)、フロリダ(アメリカ)、ロンドン(イギリス)、
ラコルーニャ(スペイン)、リンツ(オーストリア)、ベルリン(ドイツ)、
クライストチャーチ(ニュージーランド)、ブリズベン(オーストラリア)、
高松、直島、博多、沖縄、仙台。。。

いろいろ行ったなぁ。と思います。
その旅、生活を通して自分はもちろん変わりましたが、
身の回りの環境が一変した一年でした。

3月に博士を取得して、6月にロンドンでの生活を始めました。
運良く、日本での公募予算にあたり、研究の基盤が日本になりました(10月~)。

予算をいただくってことは、一応、研究者として雇われたわけですが、

「自分のやりたいことを探す、ということにどれだけ意味があるの?」
「他人からお金をもらって研究をするというのは、どういうことなんだろう?」

てことを、すごく考えさせられました。

今の時点での思うこと:

やりたいことは探すものではない。どちらかというと、感じるもの。
自分には“いわゆる”やりたいってことはあんまりないけど、
やっていて楽しいことはいろいろあります。
そのやって楽しいことを編集して新たな価値を生み出すほうが、
自分が本当にやりたいことを探し続けるより意味があるのでは。

今ある自分というリソース(何を楽しいと思って、何ができるか)
それを組み合わせて新しい価値を作ることがプロフェッショナル。
そのやり方は、オリジナルである必要アリ。確信犯的に。

自分のやっていることが、
誰かの生活に新しい可能性をひらき、
その人の生活を少しでも豊かにすることができたなら、シアワセです。

生活って「自分の身の回りのもの、時間を自分なりの意図を持って収集、配置、消費すること。」
だとぼくは思います。
研究を通じて、人と世界の関係の新しい見方、人と人の関係の新しい切り取り方を伝えることで、
収集、配置、消費のバリエーションが増えるとともに深くなって、
楽しく生活できるようになれば是幸い。

結局、この1年でだいぶシンプルになりました。
何かを得たというより、肩の力が抜けて、無駄なものが削ぎ落とされた感じがします。
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by w_junji | 2005-12-30 04:25 | 自己紹介の代わり

オイオイ、何言ってるんだこの人。。。

ぼくは、そういう風に思える瞬間のある講演が好き。

先日、田口ランディさんの講演を聞く機会がありました。
田口さんの話を聞くのは一年ぶりで、わくわくしていました。

話自体は、以下の通り(自分の解釈では)。

自分で何かを選び取り、自身の敏感な感覚で世界を「実感」して生きる自分と、
他者の価値観に規定された自分がいる。
例えば、病院では自分はジュンジという個人であるとともに、
患者という役割を嫌がおうにも引き受けてしまう自分がいる。
そして、他者に規定された自分として生きている状態は、ほんとに生きているといえるのか?

興味深く、うん、そうだなー。と思う点もあり、疑問もありというところでした。
今回ぼくが驚いたのは、内容についてより、
多くの聴講者が、今回の田口さんのお話は、レジュメを殆ど使わず物語のように語られ、
わかりやすく、心に伝わってきたと言っていることでした。
でも、ぼく自身にはなんだかスッキリしないところがありました。

スッキリしない原因は何だろうと、一晩、寝てる間に考えたら
次の朝、気付いたのは
「オイオイ、何言ってるんだこの人」感が、
今回の話は少なかったんじゃないかということでした。

今回の田口さんの言葉は、
無意識・意識のハザマから未分化のまま吐き出されたものではなく
既に伝えるための言葉になっていて、
聴講者のみなさんは、気持ちよくランディワールドを旅できたのだと思います。
多くの人はその話をなんとなしに理解した気になり(おそらく正しく理解もしているのでしょう)、
自分が少し向こうの世界を垣間見ることができて、何か新しい価値観が開けたと感じた。
そんな感じがしました。
話が気持ちよく聴講者の頭に入ってくるのって、講演としては成功だと思います。
でもそれって、なんとなしに予定調和的で気持ちが悪い。とぼくは思いました。

前回、1年前の講演で聞いた言葉は
無意識・意識のハザマから紡ぎ出された言葉が多く
(意味不明だと言っているのではなく、本質的だが、まだ、洗練された言葉によって
明確な輪郭が与えられていない状態ということ)、
それらは、共通理解に安定しようとするのではなく、
「乗っているバスが曲がるはずの道をまっすぐ行ってしまい、
 いったい、自分はどこへ連れて行かれるんだ? でも、このままいっちゃえ~」
というような(?)、衝撃、魅惑的な引力がありました。
何処に向かうかわからないけど、どうしても、そこへ身を任せてしまうような言葉たち。
それらは、すごくインスピレーショナルで、
それを聞きながらいろいろ思いをめぐらすと、ある種の夢をみている感覚になる。

ぼくは人の話を聞くんだったら、語り部の完結したお話だけじゃなくて、
ぼくの脳内に火花を散らせ、そんな夢をみさせてくれる言葉の連なりも聞きたいです。

勝手な言い草ですが。
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by w_junji | 2005-12-23 03:42

7周年

自分自身、遊牧民みたいな生活を続けてるなー。と思います。
年がら年中、海外行ったり、社宅と大学と実家を頻繁に行ったりきたり。
なかなか、一箇所に腰を落ち着けない。

そんなわけで、生活がなかなか熟成されません。
自分の周りのちょっとしたことに思いを込めて、何かを選んだり、何かを作ったり。
生活のディテイルにこだわる、わずらわしさと豊かさがなくなっています。
本当はワクワク、どきどきスリリングな瞬間なのに。
すぐ、移動しちゃうから住まいが寝るだけの場所に。

未来の自分や誰か大事な人のために思いを込めて何かをやるって大変。
でも、その思いを通じた瞬間とか、電気が走るくらい気持ちいい。
同じものが見えていると確信できるときとか、
ディテイルからその人の思いが伝わってきたときとか。
そういうのを人にも味わってもらえたら思うし、そういうことに敏感でいたい。

敏感なアンテナがあれば、
ちょっとした日常の中に新たなものを再発見していける。
目新しいものを探すんじゃなくて
目の前のものからどれだけ見つけられるかです。
ふふふ。
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by w_junji | 2005-12-19 19:58

NZ

いつもと違う星座が見られます。
トイレの水は逆方向に渦ができます。
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by w_junji | 2005-12-08 20:20