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バリ人は新年に何を期待するのだろう?

バリ島には「ニュピ」というサカ暦による新年を祝う日があるそうです。

ニュピ当日はすべての人が一切の外出や仕事、食事を禁止され
静寂の中で神に感謝する1日を過ごします。 
新年を迎えるにあたって、自分の内面を見つめなおし、瞑想する日。

日本の新年の場合、今年は~するぞーって、新たな年に何かを期待する感じがする。
なんとなく、自己中心的で依存的な期待をしている。
期待がかなわないとなんとなく悲しく、傷ついてしまう。

でも、バリはなんか違う。
新年に目を向ける前に、自分に目を向ける。
新年に期待するとともに、新年を受け入れる準備をする感じ。

人間にも2種類いる気がする。
心を躍らせ依存的期待をする人と、自分を知り、なすべきことをして受け入れる人。

個人的にはバリのほうが素直な姿のような気がするけど、
別に、どちらが良い悪いはないと思うし、誰もがどちらの面も持っている。
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by w_junji | 2004-12-30 02:29

ぼくがいなくなったら。

この人がいなくなったら、世界はまっ暗になる。
この人がいなくなったら、心に大きな穴が開く。
この人がいなくなったら、身体の一部がなくなった気がする。

誰かのことを考えて、そう思うときってありませんか。
(「この人」が同じ人である必要はないですが。)

で、ふと、思うときがあるんです。
じゃあ、今、ぼくがいなくなったら、この人はどう思ってくれるのかな。って。
そして、その先を想像してちょっとだけ悲しくなる。

別に何かを期待しているわけではないです。
盲目的に人に期待しちゃう部分が多いと
それが裏切られたときの悲しみが余計に大きくなるから。

期待って自分勝手な欲望だし、
期待するより、はじめに、
そのとき、そのときの相手の存在を受け入れることができたらと思って。
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by w_junji | 2004-12-30 01:24

ライフワークは充実した生活を送ること。

最近は、あんまり体調的にはよくないはずなのに、心も頭も調子がよい。
心が安定してるし、毎日のようにいろんなアイディアが生まれてくる。

自分を知ればまわりとの関わり方も自然と見えてくる。
自分にとって本当に必要なものをきちんと見極めること。
そして、それと自分なりな関わり方をする。

やるべきことをきちんと心をこめてする。
やるべきことのなかで自分をきちんと表現していけている。

気持ちいい。毎日。

もちろん、誰かが自分を必要としてくれることは自分を支える原動力になる。
でも、自分にとっては、自分をきちんと表現することが根本的な生きる力みたい。
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by w_junji | 2004-12-30 00:40

魂はディテイルに宿る

2年間かけてやってた仕事が海外の論文誌に出版されました。わーい。
Watanabe et al. “Perisaccadic perception of continuous flickers”
Vision Research, Vol. 45, No. 4, pp. 413-430, 2005.
(連絡いただければ原稿お送りいたします。)

論文って、自分のなかにあるイイタイコトを伝えるために書くものですが、
そこに、何かを伝えたいという情熱があると、
一字一句、句読点の位置でさえ、それを伝えるために存在するのがわかります。

気持ちを伝えるとき、
それが本気か、情熱があるかはディテイルに宿るんだなと思います。
句読点ひとつにどれだけの気持ちを込められるか?
ひとつの仕草、言葉、メールにどれだけ気持ちが込められるか?
本気なのか、そうでないのかの差は、言葉や仕草にしたらほんの少しの差だと思うんです。
でも、それはすごく大きな差。

仕事のクオリティも一緒で、ディテイルにどれだけこだわれるかで、その質が変わる。
いつもよりほんの少しだけ、自分の気持ち、相手の気持ちにこだわってみる。
質が変わり、きちんと伝えられるかはその積み重ねかな。
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by w_junji | 2004-12-27 12:38

クリスマス

クリスマスともなると、
世の中、もっとシアワセにあふれているかと思えば、そうでもなく、
日常とあんまり変わらない日々がそこには展開されていて、
残念なんだか、ほっとしたような気分です。

あー、お祭り行きたい。
オーストリアのアルスエレクトロニカ、
ハンガリーで参加したラブパレードや
フランスワールドカップの時のミュージックフェスティバル。
どれも、よかったな。

そこには、知り合いなんていないんだけど、
なぜか、一人の自分がそこにいていい気がした。
あなたはあなたでいいんだよ。って空気が教えてくれた。

そういえば、直島もそういう空気に満ちていた。

人って自分が満たされないと、人にはやさしくなれない。
逆に、自分が辛いと人にも辛く接してしまう。
そういう悪循環を一気に変えてくれるエネルギーがお祭りとか旅にはあると思う。

一年振り返ってみると、いろんな人に会って、いろんなところに行って。
気持ちが何度も壊れては立ち直って、また壊れる。の繰り返し。
旅は壊れた心を立ち直らせるきっかけをくれたのだと、しみじみ思う。
5月のフロリダと9月のヨーロッパは、
特に、落ち込んだ自分には重要な時間だったし、そこから、得るものは限りなく大きかった。

もちろん、いろんな人と関わりあいながら一年を生きてきた。
自分が支え、支えられ、好意を寄せ、寄せられ。

心から自分を信じ、必要としてくれる人。
生き方の覚悟を求めてくる人。
思いをきちんと言葉で表現できる人。

そういう人達とつきあうなかで、感じることって、
当たり前なんだけど、
「なんとなく好きとか嫌いじゃなくて、
その向こうにある精密な心をきちんと捉え、きちんと考えること。」
それって、人との関係性だけじゃなくて、研究でも同じことが言える。

きちんとやる。

ちょっと要領のいい自分、ちょっといろいろできてしまう自分。
ちょっといろんな人と話ができる自分、ちょっといろんな人が相手にしてくれる自分。

いつの間にか、そういうことに慣れてしまい、
ちょっと考えて感じただけの安易な行動、言動をしてしまっていて、
心と行動と言葉がシンクロしていない自分が、そこにはいた気がする。

人と付き合うのって、そんな簡単なことじゃないし、
一つの仕事をするのも、そんな簡単なことじゃない。
いろんな人と、いろんなことを同時にしようとするんだったら、
きちんと考えて、一つ一つを大事にしないと。

論文を大量生産するだけの仕事をしていてもしょうがないし、
本当に、自分が大事だと思っていることを深く考え、表現していかないといけない。
それに、ものごとは、2度と戻らないこともある。
人間関係なんて、どちらかというと、取り返しのつかないことだらけ。

取り返しのつかないことをしないためには、
瞬間的に考え行動する力は当然必要なんだけど、
それだけじゃなく、多分、
深くきちんと考え予測する力と行動に移すタイミングを見る力が重要なんだろうな。

クリスマスがなぜか、こんな話になっちゃった。
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by w_junji | 2004-12-27 01:34 | 自己紹介の代わり

能力の限界

最近、自分の能力に限界を感じます。
特に、記憶力と言語化能力。

ぼくの記憶は恐ろしい速さで崩壊していきます。
実験するときに、テストを何度かして、
この刺激の提示時間は1秒にしようというのを決めたとすると、
次の日、実験をするときには、何で1秒にしたんだっけ。と同じテストをすることは多々。

そして、場所の名前はどんどん消えていきます。
こないだは新宿コマ劇場の名前がでてくるまで15分。
なんてことだ。この歳でこれはまずいとか思いながらも、
その理由はなんとなくわかります。

自分は、いろんな分野のプロジェクトを同時にいくつかやってることが多くて、
舞台の演出とか考えた直後に、心理物理実験のプログラムを組んだり、
工学部の輪講に出た後に、社会学のゼミにでたり。
いちいち前のことを覚えてると、次のやることの邪魔になってしまうんです。
だから、細かいことはどこかに記録して、忘れてしまうのがうまく平行作業をやるコツ。
しょうがないといったらしょうがないのかも。

言語化能力に関して、昔から感情表現は下手でしたが、
最近は浮かんだアイディアを説明するのまで下手になってしまいました。

一時期、浮かんだことをすぐ言語化し、意味付けするんじゃなくて、
イメージを大切に、やわらかくいろんな視点から見れないかな。
と思って、とりあえずアイディアを頭の中でフワフワさせたまま
いろんな言葉で表現してみることにしました。

ふと思い浮かぶことって、無意識のうちにいろいろ論理的に考えているもので、
言語化を遅らせることで、
アイディアの本質を逃さず、きちんと拾ってあげることができるようになった気がします。
アイディアという原石を言葉というノミで削る感じなんですが、
一度に削り過ぎてしまうと、ダイヤ(アイディアの本質)もろとも削り取ってしまう感じです。

しかし、言語化を遅らせるということは、
訳のわからないまま、いろいろ考えるということなので、
他の人から見たら、「何を言っているんだコイツは」と思われてしまいます。

アイディアの原石を削るところは、
人と話し合いながらリアルタイムにやることが、実は、非常に大事なんですが、
人前であんまりやると、宇宙人と思われてしまいます。。。
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by w_junji | 2004-12-26 22:21

宇宙語の理解者

今日は、素敵な友人達と飲んでました。
多分、この友人達とは10年後も20年後も、一緒に楽しい時間を過ごすだろうと思える人達。

その中に恐るべき人がいます。
自分の宇宙語を余すところなく理解し、精密な日本語に翻訳する
これまで会ったことがない、稀有な人。

自分は、
ふと何かアイディアがひらめいたとき、ふと何らかの感情が生まれたとき
それがいきなり整理されて、言語化されるということはほとんどありません。
こんな感じというポヤンとしたものが浮かんできて、
それを言語によって徐々に輪郭を明らかにしていく感じ。
だから、最初は何を言っているのか自分でもわからず、周りからは宇宙語といわれるし、
そのアイディアや感情が整理された言葉になるまで時間がかかります。

でも、その人はぼくの宇宙語をすぐさま理解し、わかりやすい日本語に言い換えて、
「こういうことでしょ。」と翻訳してくれる。
その人とは、言語以前のイメージでコミュニケーションしている気すらします。
そして、明晰な言語化能力をもったその人を心から羨ましく思います。

今日、その人と飲み会で最近思ったことを話していると、

「じゅんじくんてさ、一人で世界が完結してるでしょ。
だから、切実に人を求めたことないんじゃない。腰が据わってない感じがする。
好きな人に求めてることがロマンティックだし。」

「相手を求めることってもっとリアリスティックなものだと思う。
なんでとか言う前に、すでに好きな人と自分のあいだには不可分な部分があるもんだよ。
一人で世界が完結しているから、そういう部分が生まれずらいんだろうし、
あったとしても、きちんと表現できてない。
研究者とか芸術家としては閉じた世界をもっていないと、うまくいかないし、
じゅんじくんからその世界をとったら、持ち味がなくなっちゃうんだけど。」

「自分で世界が完結しているくせに、相手を求めている。
矛盾している。
そして、一人で完結した自分を欠陥があると思ってる。」

のような主旨のことをざっくり言われました。

なんで、そんなにわかるの?と聞いたら
「そういうことを考えないと生きていけないことがあったから。」
とのこと。
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by w_junji | 2004-12-24 00:51

あなたが必要な理由

誰かを必要とし、それに応えてもらう。
そして、誰かから必要とされ、それに応える。

そういうやり取りって、人のコミュニケーションの基本で
その過程のなかで自分の存在意義を確認していくのだと思います。

誰かを切実に必要なとき。2つの場合があります。

1、その人がいないと生きていけない。相手が癒しだったり、救いだったりする場合。
2、その人がいると世界が広がる。相手が気付きだったり、触媒だったりする場合。

自分の心を池にたとえていうと、
1は枯れた池に水を与えてくれるタイプ
2は池自体の大きさを広げてくれるタイプ

今まで自分は、誰かの救いがないと生きていけない、その人がいないと死んじゃう!
なんてことはありませんでした。
だから、誰かを本当に必要とすることなんてないんだ。
誰かと心からつながることはできない。
なんて思っていました。

でも、自分が求めていたのは2のタイプで、
自分なりのやりかたで相手を大切にできるはずですね。

例えば、2のような人といると日常生活の一場面でさえ、
クロード・モネの絵を見ているかのように、いきいきと生命を持って見えてくる。

クロード・モネ「睡蓮 朝」
出典:IPA「教育用画像素材集サイト」 http://www2.edu.ipa.go.jp/gz/
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by w_junji | 2004-12-20 02:01 | 自己紹介の代わり

ぼくも今年のまとめをしようと思った。

なんとなく今年のまとめ

○今年見た舞台
1位、ピナ・バウシュ 「天地 TENCHI」(涙ぼろぼろです)
2位、野田秀樹 「走れメルス」(深津絵里の演技は必見)
3位、ラララ・ヒューマンステップス 「アメリア」(身体がこの世のものではない)

○今年見た映画
1位、エレファント(ガス・ヴァン・サントは天才です)
2位、17歳のカルテ(ウィノナ・ライダーとアンジェリーナ・ジョリーのからみは素敵)
3位、ラストサムライ(エドワード・ズウィック、渡辺謙)
以下適当
ロスト イン トランスレーション(ソフィア・コッポラ)
誰も知らない(是枝祐和、柳楽優弥)
華氏911(マイケル・ムーア)
気狂いピエロ(ジャン・リュック・ゴダール、ぼくはジャン・ポール・ベルモンドに似てるらしい)
恋の門(小島聖かっこよすぎ、友達が出演しててびっくり)

○今年いった旅行
1位、直島
2位、ヨーロッパ3週間(ブタペスト、アムステルダム、ザルツブルグ)
3位、沖縄 コザ
4位、シカゴ シアーズタワー (写真)

○今年印象に残った作家・講演
田口ランディ、江国香織、村上龍、荒川修作、西垣通

シアーズタワーからの写真。
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by w_junji | 2004-12-19 02:00

「人はなぜ、必ず死ぬのに生きるのか?」

というテーマの講義に出てきました。
田口ランディさんが講師です。

自分なりには、テーマが大きいなぁと思っていたので
「人が豊かに生きるためにはどうすればよいのだろう?」
ということに読み替えながら聞いていました。
講義内容はここで詳しくは書きませんが、
1、人が人として存在する以前のもう一つの世界や時空間が存在する以前のもう一つの世界
2、人と人が拠りあう中で生まれる場への信頼
3、生や死を社会制度から取り戻すこと
についておっしゃっていた気がします。

ぼくの解釈ですが、
1は、大いなるもの(例えば自然、時間の流れ、空間という概念)と自分の相対化のこと。
自分の見ている、感じているものが全てではなく、
それらが具現化され、意識に上る前に存在しているもっと豊かな世界の存在を感じること。

2は、自分と相手との間に生じる言葉の向こうにある空気、魂のつながりのこと。
言葉で伝えられることの向こう、
相手の存在を、相手の存在との関係性を信じるところから始めるべき。

3は、例えば、陣痛が始まったときが子供が外に出たいと思ったときになのに、
死のリスク回避のために病院に入り、帝王切開をする。
それでは、生死すら社会の都合で決められていることになる。


「人が豊かに生きるためにはどうすればよいのだろう?」
ということに対して自分なりの答え、と関わり方。

まず、社会と自分を相対化することが重要だと思う。
自分が何かを好きだ、何かをしたいと思うとき、つまり、自分の価値観が表出するとき
それが、社会の価値観によって決められているのか、
自分自身の内なる心から出ているのか。
きちんと把握すること。

把握して、何もない自分を見つけたとき、
すごく辛く感じるかもしれないけど、そこからスタートしていくべきだと思う。

そんな社会の価値観と自分の価値観の相対化をしていく上で
自分は何ができるだろう?

今、自分のやっていることは主に人間の知覚を調べること。
それって、実は物理世界と知覚世界の相対化なのだと思う。
物理的には同じものでも、こんな風にすると違うものに見える。
(例えば、<---> と >---< の長さ)

もちろん、物理世界のルールは重要。
ニュートンの物理法則とか電磁波のいろんな方程式が成り立たないと生活ができない。
でも、それだけじゃなくて、
同じ物理環境からでも人はそれぞれ、異なる豊かな世界を感じている。

それって、社会と個人の関係にも言えて、
社会システム(例えば、国という概念、法律とか)は、
それがないと、日常の様々な規則、決まりごとが動かない。
でも、社会のなかでは、一人一人は代替可能な構成要素でしかない。
個人は社会に対して代替可能な役割という立場でしか関われない。
一方で、個人はかけがえのない自分であり、かけがえのない相手である。
個人として、自分も相手の気持ちを感じることができる。
そういう風に、社会的には匿名で役割としてしか扱われなくても、
そこに豊かな個人は確実に存在する。

そういうことに気付き、もっと意識しながら生きていけたらと思う。
自分は価値観の相対化をそのまま文章とかで表現するのではなく、
知覚レベルでの相対化というところからアプローチしてみようと思う。
そして、それを舞台とかで、多くの人に体験してもらえたら。

結局、
自分の見ているものがどれだけ適当でいいかげんで、
同時にかけがえのない美しいものなのか。
そして、それを伝え合うことの難しさ、
同時にそれを交換し共有できたときの豊かさ。魂のつながり。

そういうことを自分は探しているのだと思った。
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by w_junji | 2004-12-17 11:17 | 自己紹介の代わり