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寝る間を惜しんで。

みなさん、寝る前にちゃんと化粧落としています?

ぼくは男なので化粧はしませんが、
なるたけ今日の疲れは今日中に落とそうと思っています。

どんなに疲れていても、夜、お風呂に入ります。
今までは、ただ、お湯に浸かっていただけなので、
疲れていたら、「まあいいや、明日の朝で」といって布団にもぐっていたのですが、
最近は夜のお風呂で小説を読むようになって、
お風呂へ入ろうとするモチベーションが3倍アップ(当社比)。
毎日、お風呂で読む小説片手に、お風呂へ向かうのが楽しみ。

小説はほとんど江国香織のもの。
江国香織の小説は、
読む側に何かを要求するわけではなく、たんたんと物語が綴られている。
そこでは、切ない恋心も、激しい嫉妬もあっけないほど等しくそこにある。
事実が何事もなかったように描かれる。
何か重大なことが起きてしまった瞬間の実感のなさというか、
そこには厳然としたリアリティがあるのに、
あっけないほど簡単に時間が通り過ぎていってしまう感じ。
お風呂で読むにはちょうどよい。

そして、お風呂をでたらちょっとだけお酒を飲んで布団に入る。
そんなことしてると、寝る時間が少なくなっちゃうんだけど、
寝る以上に自分の心と身体をメンテナンスすることは重要かな。
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by w_junji | 2004-11-23 02:34

心のバロメータ

自分の心の調子をはかるひとつのバロメータとして
相手のまなざしをどのくらいの時間受け止めてられるかということがあります。

心の調子がよいと、相手のまなざしを受け止め、
意思を持ってきちんと返すことができるから、多分、普段より長く視線があっていると思う。
主観的には結構長い時間、視線を合わせているつもりなんだけど、
おそらく、コンマ数秒程度。
だけど、心の中のその差はおおきい。
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by w_junji | 2004-11-18 20:14

太古の感覚

おいしいご飯を食べただけで自分がここまで恍惚状態になるなんて。

おいしいものや、いい匂いのものは好きでしたが、
いままで、味覚や嗅覚ってそこまで意識してませんでした。

でも、食い改めます。
ほんとにおいしいものは人を殺すこともできると思います。

食べるとかにおいをかぐことは原初的な行動で、
そこから得られる感覚は感情とかの無意識的な部分にすごい影響している。

あなどれない。
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by w_junji | 2004-11-18 20:08

世界

ヨーロッパから帰ってきた頃、痛切に思っていたことが
なんだか、最近、ボヤっとしてきてしまった。

帰国直後は、自分の見てきた世界、感じた世界、描いた世界を
いろんな人に見て、聞いて欲しかった。
世界を自分の目で、耳で、心で切り取り、それを人に伝える。

ねぇねぇ、見て。これすごいでしょー。
聞いてよ、聞いてよ、こんなことあったんだよ。

別に物理的にどこかに行かなくても、いろんな発見がある。
なのに、同じところにいると、その気持ちを忘れてしまうときがある。

当たり前なんだけど、
物理的に同じ場所にいても、みんな見えている世界が違う。
時間、気持ち、一緒にいる人が変わると違う世界が見えてくる。
そのときそのとき現れてくる世界はぜんぜん違う。

人の感じている世界はどんなんだろう。
それを教えて、聞かせて。
もっと、もっと、自分の見たことのない、感じたことのない世界へ行きたいの。
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by w_junji | 2004-11-18 02:01

ここにいていい自分/世界は自分の鏡

ここ2日間で24時間以上寝て、
いろいろ(主に田口ランディ、村上龍、江国香織、荒川修作)読み漁っていたら、
最近もやもやしていたいろんなものがつながった気がしました。

生きることって、
何者でもない、ただそこにいる自分を受け入れるところから始まる。
それは、誰かが決めた社会的価値観じゃなくて、
自分は何が好きとか、何を大事にしているとか、
自分の内なる声に耳を傾け、自分の主観的価値観に気付き、受け入れること。
そして、主観的価値観と社会的価値観(社会の中での意味付け)のあいだで、
折り合いをつけながら仕事をし、充実感を得て、毎日を生きていく。
そうすることで、「自分がここにいていい」ということを信じられる。

そして、先月のファルージャでの殺人事件についての田口ランディのブログ(*)を読んで。
「本当に、彼の命が助かることを心から祈っていた?」
と自分も問われたとしたら、
「絶対に心から祈っていた」とは言えない。
なんとなくだけど、彼の行動は意味があるとは思えない気もする。
でも、彼は自分の価値観でイラクに行った。
そして、それを認められない自分がここにいる。

世界は自分の鏡。

「他人に対して認められないことは、自分に対してできていないこと。」
そのとおりだと思う。
自分が生きている、生きる価値があるということを心から信じていたのなら、
彼の無事を何の迷いもなく願えたのかもしれない。

自分は主観的価値観ではなく、社会的価値観のみによって
彼の主観的価値による行動を判断していた。
もちろん、社会が、国が具体的にどう行動するかは、
主観的価値観と社会的価値観の折り合いをつけなければならない。
でも、個人個人がどう思うかは別の話。

社会システムにとって個人個人はまったくの匿名で
誰が誰でもかまわないし、個人の死は構成要素の消滅でしかない。
でも、個人にとっては主観的価値こそ最も尊重すべきものであり、
社会全体として求めているものは個人全体の充実であるはず。
各個人の主観的価値は社会的価値と折り合いをつけるべきものであるが、
社会的価値によってすりかえられるべきものではない。
同時に存在し、常に共生していくもの。

自分の価値を認め、他人の価値を認めること(主観的価値)
それと、社会として効率的な行動をすること(社会的価値)
がごちゃごちゃになっている。
多分、どこの視点から見ているのかをはっきりさせないからややこしくなっている。

こんなふうになってしまったのはいくつか理由があると思う。

まず、自分と社会、人類全体をつなぐ概念についての意識がないのだと思う。
人類と自分個人の主観、国家と自分個人の主観とか、
それらのことを普段意識していないから、
その間の議論がすっ飛ばされていることに気付かない。

そして、想像力がないのだと思う。
想像力がなければ、自分の生きている価値について意識があっても、
彼の生きる価値について思いを巡らすことはできない。

*http://blog.ameba.jp/randy/
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by w_junji | 2004-11-15 12:37 | 自己紹介の代わり

アンビバレント

その日は
朝から工学部の人と議論して、午後から認知科学の実験を考えて、
夕方は社会学のゼミに出る。夜はアーティストと舞台の準備をする。

当たり前なんだけど。
みんな、しゃべる言葉が違う。
みんな、考え方、価値観が違う。

だから、その場に合わせて自分を変えていかなければならない。
でも、
自分のやりたいことやるためには、
自分の知りたいことを知るためには、
言葉や考え方を相手に合わせるのは当然のこと。

そのためには、自分から壁を作らず、相手を理解し、受け入れればよい。
相手がなぜ、それに価値を置くか、そして、どんなプロセスで物事を考えるか?
それを考える。
最終的に考えるのは自分なので、結局全てわかることはできないんだけど、
その姿勢を忘れたらダメだと思う。

多分、恋愛や友情も同じ。
相手が本当に必要だったら
相手の言葉や考え方に合わせて必要であることを伝える。

他人と関係していく中で自分の欲望を満たしていくことは大変に思えるかもしれない。
接する人間が多種多様であれば、それだけ多くの様式が必要になるから。

でも多分、真実はもっとシンプルで
自分と相手が本当に大事にしているものをはっきりさせ、
きちんとした形式、タイミングで伝え合うこと。

それだけなんだと思う。


頭ではそうわかっているんだけど、時々、体がついていかないときがある。
何かの映画か小説で、自分を見た人の形に自分の体に変わる宇宙人がいて
最終的に、体がめまぐるしく変化して発狂してしまうというお話がありました。

まさに、そんな感じで
毎日、いろんな人と話していると、自分がなんだかわからなくなるときがあります。
自分の魂が揺さぶられ、見えなくなる。

何かを言われてもどう返したらいいかわからなくて、頭が止まってしまう。
普通の世間話しているだけなのに。
基本的に自分の感情を伝え合うという様式が希薄だからなのか、
そんな世間話だからこそ、どの様式で答えていいのかわからないのか。。。
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by w_junji | 2004-11-14 23:44

ふわふわ

なんだか、急に自分の立ち位置が揺らぐときがあります。
揺らぐどころか自分が溶けてなくなってしまう感じ。

学校で居眠りをしていて、ふと目が覚めた瞬間とか、
平日、昼間まで寝ていたときとか。

ここで、何をしているのだろう? じぶん。
何かすべきことがあったのでは? こんなことをしててよかったのかな?

なんか、生きている理由のようなものがふっと消えてしまう瞬間。
うーん。逆かな。
なんとなく具体的な生きている意味というか、そいういうものがある気がしていたのが、
ふと、自分が何者でもないことに気づく瞬間。

そういうときって、すっごーく不安になる。

生きることって、
「どうしようもなく生まれてきた自分自身をそのまま受け入れないこと」(by 荒川修作)
つまり、生まれてきた意味、両親にとっての自分自身の存在価値、自分の身体すら
もう一度、自分で再構築することが生きること。
どうしようもなく生まれてきたことを全て否定してもいいし、全て肯定してもいい。
そこに、自分の意思があるならば。

子供がかわいいのって、
相手と自分の愛情の歴史、経験が
そこに生まれてきた小さな肉体・魂に込められているからのような気がします。
(子供を持ったことがないのでわかりませんが)

それと同じように、自分自身にも自分で魂を込める儀式が必要だと思う。
自分自身をそのまま受け入れ、愛するために。
どんな儀式になるかは人それぞれだと思うし、なんともいえないけど。
自分の社会との関わり方とか、自分の価値観、自分にとって素敵なこと
そういうことをここに書くことはひとつの儀式かも。
僕みたいに魂がすぐどっかに飛んでいってしまう人間にとっては。
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by w_junji | 2004-11-14 17:42

きらきらひかる

今日は
お風呂に入りながら、江国香織の「きらきらひかる」を読んだ。
お風呂ついでに、しそ焼酎「鍛高譚」も飲んだ。

お風呂に入りながらのお酒はよくまわる。
酩酊状態になりながら小説を読む。
既に何がなんだかわからない。

せっかくだから温泉気分に浸りたくて温泉のもとを入れようと思ったけど、
あとで、家族も入るから入れなかった。

なんだか、お風呂の天井のカビがやけに汚く見える。
コンタクトを外すと、ぼやけて何も見えなくなった。

湯船がもう少し大きければ、足がもっと伸ばせるのに。
将来、家を持つときはお風呂だけは大きくしようと思う。

必要なときに必要なものがないのは悲しい。

善良な人間でも、必要なときに相手の重さを背負えないならば、意味がない。

都会の人ほど星空が必要なのに、なぜそこにないのだ。

ここで酔いつぶれている自分はいったい何がしたいのだ。

酔っ払っているときの妄想は悪い方向へしか広がらない。
もう、寝よう。

でも、誰も起こしてくれない眠りはそれはそれでさびしい。
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by w_junji | 2004-11-13 20:59

脆さとしなやかさ

体に関する本(最近は、「からだのひみつ」田口ランディ、寺門琢己)を読んでいると、
はっとさせられることが多い。

「男の子って安定してるけど脆い。」
「女の子は揺れる存在。」

なるほど。

男の子が豊かに生きるためには女の子のしなやかさが必要だし、
女の子にとって男の子は
揺れを受け止める寛容さと、揺れに軸を与えるシャープさをもった存在なんだと思う。

多分。
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by w_junji | 2004-11-08 18:09

影の薄い私

なんか、目の前に薄いベールがはられていて、
いろんなことが向こうの世界でおきているように感じられるときってありません?

ぼくは、たまにあります。
そんなときに限って大きなミスをしたり、怪我をしたり。

なんか、今日の自分は存在感薄いんだろうな。とか、
事件がおきたら逃げ遅れそうだとか。思ってしまう。

そんなときは冒険をせずゆっくりと深呼吸。

感情や身体の波に合わせて生きていくことも大切かな。
男には生理がないから、身体の周期とか身体の声を無視しがちだけど、
感情や身体が発している信号にもっと耳を傾けられたら。
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by w_junji | 2004-11-08 13:24