<   2004年 08月 ( 11 )   > この月の画像一覧

LOVE PARADE in Budapest

I encountered PARADE in Budapest.
PARADE is a festival of music and dance.
Performers were dancing to the music on moving trailers(30 trailers),
and many many people walk and dance to the music as a parade.
(see also http://www.loveparade.de/)

It may be only imitation of original LOVE PARADE,
but their pure expressinons of emotion and loves for people
really impressed me.
It reminded me of some gut feelings, which I may forget...

I also saw wedding party in old big church.
The atmosphere in the church made me feel
as if whole world celebrates the man and woman.
I have never seen such wedding and thoght of such things.

Anyway, I love Budapest !
[PR]
by w_junji | 2004-08-29 22:45

Hungary

I am in Budapest Hungary.
Nice food, drink and tender hospitality.
The time flows slowly and blows my mind.
[PR]
by w_junji | 2004-08-26 16:15

ドロップアウト

3週間ほどヨーロッパへ行ってきます。

今の自分にはどうしようもない悲しさしかありません。
3週間で何かが変わるかもしれないし、何も変わらないかもしれません。

身体も心も最悪ですが、明日が出発です。

ちぐはぐな毎日、伝えられない感情。
日本においていきます。
[PR]
by w_junji | 2004-08-23 02:18

自分が誰だか教えてください

自分が生きている原理は単純で、
自分が誰だか知りたいだけ。だと思う。

自分が誰だか知りたくて生きている。
それは、科学者としての成果が保障してくれるかもしれないし、
愛する人の言葉が保障してくれるかもしれない。

あなたから見て自分は何なのか?
人にそんな問いかけをしたくなる。
多分、それは、結局自分に問いかけている。
自分が誰だかわからないから教えて欲しい、自分の意味を保障して欲しい。
[PR]
by w_junji | 2004-08-22 08:25

無意識の確信

ピンとくる瞬間とか
その理由はわからなくても合っているという確信だけはある
そんな時ってありませんか。

でも、こういう無意識に確信したことはあたっていることが多い気がします。

ピンときてる瞬間や何かの判断をしているときには
なぜそうなのかは、言語化されていなくて
その理由を意識することはできないんですけど、
あとから、その謎解きを一生懸命やってみると、
結局はあっている、実は深い意味があった。なんてことがよくあります。

考え、論理立てるってことは
実は、すでにわかっていることを言語化しているだけで
人って大抵のことはすでに無意識でわかっているのかも知れません。
[PR]
by w_junji | 2004-08-15 10:46

学会と私

LAでSIGGRAPHという学会があって、発表しに行ってきました。
一応、ComputerGraphicsの業界で一番大きな学会で数万人の人がきます。
CGは自分の専門じゃないんですが、
舞台演出と映像みたいな感じのテーマで発表してきました。

今年3度目の海外発表ですが、
やっぱり、自分の研究を発表するのって
アイデンティティの探索、表現、発露だと思います。

大きな学会であればあるほど、
胃が痛くなるような緊張感があるんですが、
それがまた、発表の快感につながります。

自分は今年、年に8件発表します。
これって人に比べたらかなり多い数字です。
発表ばっかりしてるのって、
実は、自分は常に自分のアイデンティティを探し、
人に見せてないと、だめだからかもしれません。。。

あと、よく考えると、学会に行くのってけっこう無駄が多いです。
30分の発表のためにわざわざ10時間も飛行機に乗り、1週間も滞在する。
でも、やっぱり、そこでできた人と人のつながりは新たな世界を見せてくれます。
ただし、自分が発表しないと、他人は自分の存在に気づいてくれません。
人に自分の存在をアピールし、つながりを作るために発表し、参加する。

学会は自分確認のひととき。そして、新たな世界への翼。
[PR]
by w_junji | 2004-08-13 06:52

選ぶことと捨てること

何かを選ぶことって、何かを捨てること。

今の選択が未来を決めると思うと
捨てたものがすごく重要なものに思えてきます。

でも、それって
自分で能動的に選び、自分で決断したものであれば、
後悔する理由なんてどこにもないはず。
後悔どころか、その決断こそが
自分の人生を歩いているという実感だったりします。

自分の尊敬している人達は
「サバイバルしている」、「いつも臨戦態勢」という表現をします。
それって、自分の未来に対する洞察と
その状況に直面したときの
自分の価値基準による決断の準備、決断の覚悟が
いつも心のどこかにあるということ。
[PR]
by w_junji | 2004-08-09 02:15

救ってください

自分にとって「救い」って何だろう。

思い浮かんだのは
「自分のことを心配に思ってくれる人が一人でもいる」こと。

自分の人生は自分で背負わなければいけないということは
心のどこかでわかっているんだけど、
全てを人のせいにしてしまう、どうしようもなく落ち込んでしまう。
そんなときがあります。

そんなとき、
自分と正面から向き当って自分のことを思ってくれるひと。
言葉の向こうをきちんと考えて、言葉をかけ、対応してくれるひと。
そんなひとは自分にとって救いです。

知らないお兄ちゃんに
「がんばれ!」といって声をかけてくれた太陽君という少年がいます。
彼にとってぼくの心の状態なんて知る由もありません。
でも、無意識にかもしれないけど、何かを感じて声をかけてくれたのだと思います。
自分にとっては疑うべくもなく救いの言葉でした。

自分にとって、救いとは何なのか?
救いですら、自分自身の手で見つけるしかない。
その救いに気づいたとき、救いを確信したとき、
はじめて自分の心は救われる気がします。
[PR]
by w_junji | 2004-08-09 00:51

混じったものから分離する

人の行動・言葉は意識にのぼらない感情の足跡。

心の中には
好き嫌い、悲しいと嬉しいとか
いろんな感情が同時にあって
それらが混じり合った形で行動、言葉が現れてくる。
だから、わけがわからなくなってしまう。
真実は単純でピュアなのに。。。

どうすれば、様々な感情の混じり合った行動・言葉から
もとの感情をとりだせるのでしょうか。

これって、例えば、
物体の影(2次元!)から元の物体(3次元!)の形を推定することに似ていて、
光の当てる方向を変えると影の形も変わる。
だから、うまい光の方向を探してやれば、もとの形がよく見える。

多分、行動や言葉の場合も同じで
どんな行動をしたとか、どんな言葉を発したという
その現象自体に意味があるんじゃなくて
その向こうにある感情を感じるようにすることが重要。

人の身体の機構をよく知っていて、行動の観察が詳細であっても
流暢に言葉を操り、緻密なロジックを作ることができたとしても
その向こうにある感情というシステムはぜんぜん別のルールで動いている。


これって、人間の意識と知覚システムの関係にも似ています。
意識はいろんな知覚システムの情報処理の結果でしかなくて、
それを、物理世界のルールで見ようとしているからわけがわからなくなる。
(物理世界のルール:速度=距離/時間とかそういうの)

頭のなかの知覚システムはもっと違うルールで動いている。
それは物理世界のルールではまったく想像のつかない形をしているかもしれない。

結果としての意識から、どうやってもとの知覚システムのルールを知ることができるか。
物体の影と形の関係のように、
どこかにそのルールを浮き彫りにしてくれる
光の角度があるはずで(真実は単純でピュアなはずだから)、
科学者はそれを探し続けている。
[PR]
by w_junji | 2004-08-06 13:05 | 自己紹介の代わり

暗闇ともう一人の自分

暗闇の案内人

Dialog In the Dark というワークショップに行ってきました。
このワークショップは数人がグループになって
盲人の方にアテンドしてもらいながら
暗闇の中で歩く、飲む、遊ぶ等様々な体験をしていくものです。

暗闇は、本当に暗闇で目の前の手すら見えません。
よく言われる話ですが、
目が見えなくなると聴覚や触覚が敏感になります。

声の方向や位置を推定するだけではなく、
声の質からその人の意思や感情を読み取ろうと必死になったり、
誰かを誘導するとき、人の手を握って、
そのとき、人の手の温かかさや柔らかさを実感したり、
普段、あまり気にかけないことが気になりだします。

暗闇では何かに触っていないと不安でしょうがなくて
常に何かを探している感じです。
そして、そのとき人に触れると、ものすごく安心します。

そんなことを考えながら暗闇を歩いていると
ふと、自分の中の心、普段意識されない潜在的な感情って
こんな感じなのかな。と思いました。
何も見えない手探りの中で、常に何かを探していて
他の人の存在を感じることで、安心したり、ときに怒り、悲しくなる。

ただ、普段は、いろんな情報がたくさん入りすぎていて、
その感情の起伏をあまり意識することはありません。
心はいつの間にか傷つき悲しんでいて、
気づいたときには傷はかなり深くなっていることが多いです。
普段、あまり意識しない、意識に上らない、
心・感情というもう一人の自分をもう少し気遣ってあげられたらと思いました。


あと、ワークショップの終わりに盲人の方と話す機会があったのですが
アテンドしてくれた盲人の方は暗闇の中のほうが元気だった印象がありました。
暗闇の世界に一緒に入り、盲人の方の生きている世界を共有できたのに
明るくなって、結局は別の世界に生きていることを再認識してしまった感じで、
どうしようもない寂しさを覚えました。
[PR]
by w_junji | 2004-08-04 03:14