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そんな日

夜、法華経寺の境内を眺めていたら
ふと
「世界人類が平和でありますように」
という立て札が目に留まった。

うん。そうだよね。

素直に思えた。そんな日。
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by w_junji | 2004-04-26 00:56

リンク先が聞こえるリンク

普段、何気なく道を歩いていると、
なんかおもしろそうな音がするから、
なんかいい匂いがするから、
遠くにきれいなものが見えるから
そっちに行きたくなりますよね。

そんな感じウェブのリンクでつくれませんかね。
リンクの先の様子が見える。聞こえる。匂う。
なんでもいいんですが。
例えば、そのウェブを見てなされた会話が記録されていて、
今見てるウェブでの会話が大きな声で聞こえるんだけど、
リンク先の会話も小さな声で聞こえてくるとか。

なんか、そこに生きているひとの生活はただひたすら行なわれているとして、
偶然通りかかった人はそれをいろんな見方で見れたらいいのに。
物理世界じゃ、偶然通りかかった人の姿、生き方は、
そこで、そのときにしか見れないけど、
ウェブの中だったら別にそんなのに縛られる必要ないし。
ルールが違うから。
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by w_junji | 2004-04-24 03:14

茶室の文化はどこへ?

室町時代
はじめて土着の日本人が日本を支配し、文化を創った時代なんだそうです。
そういわれると、
それまでの奈良時代、平安時代、鎌倉時代とはなんか違う気がします。
銀閣や龍安寺が作られた東山文化は日本の心の源流なんていわれていますが、
そんな理由があったのですね。

茶室は特にその性質をあらわしているようです。
茶室という狭い何もない空間のなかで
自分の心の宇宙を省みる、心の宇宙を広げる。

これも、聞いた話なんですが、
茶室の中では自分の心を開き、広げるために
アヘンなど麻薬が使われていたようです。
トランスしてもお茶をこぼさないように、
きちんとお茶を振舞えるように茶の作法ができたということです。

あと、重要なのが掛け軸。
トランスのきっかけとなる、
自分の心に何かを想像させるような絵だったり言葉だったりが描かれている。
ようするにぼくにとってのQheyの音楽みたいなもので、
自分の中から何かを引き出してくれる心地よいもの。
そのころは、掛け軸をめぐって戦争すら起きたそうで、
それだけ、人間の中の宇宙、人間の中の営みを大事にしていたのですね。

今の時代
これだけ自分の中の営みを大事にするライフスタイルはどこにあるのでしょうか。
そりゃあ、こういうことを考えている人は当然いるでしょう。
けど、それを装置として、文化として生活に根付かせた室町の日本人は、
生きることに対してなんと深い洞察をもっていたのでしょうか。
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by w_junji | 2004-04-24 03:04

ActivityとLife

もっと広く、もっと早く、もっと多く、もっと効率的に、もっと上へ
あげるときりないけど、いわゆる拡大指向。
先へ先へ行くことによる向上感がそれを支えています。

自分のActivityもご多分にもれず、
もっとたくさんの論文を書く、たくさんの発表をする
もっと美しい作品をつくる、もっといろんなところで展示する
もっと多くの人にみてもらう
なんてことがモチベーションになっていて
自分が向上していく、多く人に認められていくことが支え。

それはそれでいいんですが。

Local, slow, simpleなんて言葉も好きです。
ただ、そこにいる快感、生きているだけでのシアワセ
自分の周りのちょっとしたことに笑い、悲しむ。
無目的に自分の好きなものを探す、歩き回る。
時間の流れを感じる。
拡大指向を促進するための余暇とは意味が違う。
そんな時間が自分の中で分かち難い半分を占めている
自分の拡大指向がActivityというなら、こっちはLifeって感じ。

実は、
そんなLifeを実現していくときに情報って実は重要。
文化、人の生活を知ることは自分のLifeを豊かにしてくれる。
拡大指向のために生まれたインターネットはいつしか、Lifeをも豊かにしてくれる。
見たこともないところにいる人の多様な価値観、生活を伝えてくれる。
おそらく、そこにいる人はぼくが見てるなんて思ってないだろうけれども、
ぼくはあなたの言葉に心を動かされる。

その人の存在証明。
多くの人にみてもらいたい、後世に残るような自分の足跡を残したい。
そんなことを考えていたわけではないだろうけど。
日常生活を人に見てもらうために生きる人がいないように。
ただ、ただ、生き、自分の思いを書いた。それだけ。
でも、どこかの誰かがあなたを見ている。
あなたの存在から何かを思ってくれる。
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by w_junji | 2004-04-23 15:45

プレゼンテーションって気持ちいい

学会、学校、会社いろんなところで
プレゼンテーションをやりますが、
あれってすごい気持ちいい

自分の気持ち、
人にどうやって伝えたらいいか
一生懸命考えて自己表現する

こんな風にしたらわかりやすいんじゃないか
こんな風にしたら見た人は楽しい、感動するんじゃないか
そんなこと考える

自己表現と人に何かを与えるということの接点を探す作業
真実を見つけたとしても伝わらなければ
それはなかったのといっしょ

相手のことを考えると
結局、自分の全ては伝えられない
相手の気持ちが全てが分かるなんてありえない
これって悲しいのかもしれないけど、どうしようもない。

でも、伝わらなければ、
そのぶん、
相手のことを考えられる
相手に対してやさしくなれる

相手を分かってあげることはできなくても
相手を受け入れることはできるはず
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by w_junji | 2004-04-23 14:53

ここにいるコト

暖かい布団で寝られるシアワセ
電気を消し寝られるシアワセ
隣の部屋に家族の声を聞きながら寝られるシアワセ

今は許してください
地球の反対側の彼らを忘れて寝ることを
思い出の詰まったこのまちに抱かれて眠りにつきます


小さな頃からすんでいるまち
ツイこないだまで自分の町じゃなかった
ジモトってなに?っていう感じ
だけど、シアワセな思い出とともに
いつしかこのまちが大好きになった


彼らの思い出も、彼らの生きた証も
まちとともに崩れ去ってしまったのでしょうか
自分の生きた証が一瞬で消えてなくなってしまうなんて悲しすぎる

今は許してください
地球の反対側の彼らを忘れて寝ることを
自分の生きた証を枕に眠りにつきます
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by w_junji | 2004-04-23 00:26

atafuta sowasowa

最近、へこむこと、悲しいことが多くて
あたふた、そわそわ
どこか落ち着きがない
お祭りで売ってるぜんまいおもちゃみたい

あとで見たら、考えたら
こっけいなんだろうな。
その場の本人はいろいろ考えているはずなんだけどね。

そんなときは立ち止まって
ゆっくり息をして、周りを見渡してみる。

誰かが言っていた気がする

「エンタテインメントは見ているヒトのためだけに存在する
 役者の気持ちなんてどうでもいい。」

ぼくを見ている人、ぼくと話す人、ぼくと関わる人が
何かよかったと思ってくれればそれだけでよい。
自己満足につき合わせちゃいかんよ。

と自分に言い聞かせる。
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by w_junji | 2004-04-20 09:38

今日のプレゼン、明日の展示

コミュニケーションはエンタテインメント。

話を聞いて面白かった、そこにいてよかった
と思われなければ負け。

今日は科学。
話の内容はわかりやすく論理的で、美しくないと。
明日は芸術。
作品の内容は考えやすく感情的で、美しくないと。

芸術も科学もそこにはドロドロした価値観が織り込まれている。
与えるか、引き出すかの違い。
一義的か、多義的かの違い。
方法論の問題。たいした違いではない気がする。

それより、もっともっと大事なこと。
意思は、理由は、そこにある?
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by w_junji | 2004-04-18 02:04

もっと敏感に、もっとあつかましく

自分の心の引っかかりとか無視し続けると
本当の自分がどこかに消えていってしまう。
ちょっとしたことにひっかっかる
なんだかわからないけどそれは正しい気がする。
なんだかわからないけどそれは違う気がする。
そんな感じ。

ちょっとしたニュースにひっかかる。
ちょっとしたアイディアにひっかかる。
もっと自分に敏感に。
それを大事にしてみて。

そして、とことんこだわる。
直感的に進め論理的に検証する。

もっともっとあつかましいくらい
直感的で、意思的でなければ、それはただの偶然。
いつまでもあなたは奴隷。
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by w_junji | 2004-04-18 01:37

悲しい

「自分は人の心に新しい何かを生み出したい!」

なんて言っておきながら、
結局はただただ、現実とは遠いところで自己満足しているに過ぎない。
そんな自分が悲しい。
人の心に何か伝えたつもりで、人の心を動かしているつもりで、
それはReal-Lifeから逃避しているだけ。

飛行機がビルに突っ込んで、イラクで日本人が誘拐されて、
何も感じない人間に人の心が動かせるのか?
そんな人間に人の心がわかるのか?
自分の境界線が肉体の境界線と同じなんて悲しすぎる。
本当に悲しい。。。

友人の言葉に打ちのめされる。

>何か少しくらい私にだってできると思う。
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by w_junji | 2004-04-18 01:30